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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16950号 判決 1990年7月27日

原告

堤富子

被告

株式会社ミカミ

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、七五万九〇七六円及びこれに対する被告株式会社ミカミにつき昭和六二年一二月二〇日から、同松岡俊光につき同月一九日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、三三一万〇二九〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である被告株式会社ミカミ(以下「被告会社」という。)につき昭和六二年一二月二〇日から、同松岡につき同月一九日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者間の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)

(1) 日時 昭和六〇年三月二八日午前九時二五分ころ

(2) 場所 東京都台東区小島一丁目二番八号先交差点(以下、「本件交差点」という。)

(3) 加害車 普通貨物自動車(足立四五り五八〇五)

右運転者 被告松岡

(4) 被害者 原告

(5) 態様 交差点における歩行中の原告と加害車との衝突

2  責任原因

(1) 被告会社は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(2) 自動車を運転する者は前方を注視し、かつ、本件交差点付近には一時停止の標識が設置されていたのであるから右標識の指示に従うべきであるにもかかわらず、被告松岡は前方に原告の存在を認めながらもその動静を注視せず、かつ右交差点に進入する際に一時停止せずに進行したという前方注視義務違反、安全運転義務違反の過失により本件事故を発生させた。

3  原告の損害

(1) 負傷、治療経過など

<1> 左肩・腕・手・腰・大腿打撲により、昭和六〇年三月二八日から同年四月一五日まで服部医院通院(実日数一九日)

<2> 左末梢橈尺関節捻挫により昭和六〇年四月一六日から同年一〇月二六日まで野口整形外科医院通院(実日数三二日)

<3> 頸椎椎間板症、左上肢循環障害、左肩関節周囲炎、左上腕骨外上炎により昭和六一年四月二日から同月二二日まで同医院通院(実日数一七日)

<4> 左末梢橈尺関節捻挫、左肩関節挫傷、頸部捻挫により昭和六一年四月二三日から同六二年五月九日まで同医院通院(実日数七五日)

<5> 頸椎捻挫の後療法として、昭和六〇年八月二九日から同六一年九月一二日まで小守スポーツマツサージ療院に通院し、トレーナー井上龍男から、ホツトパツク・低周波・極超短波・マツサージの療法を受けた(実日数三四日)

(2) 原告の具体的損害

<1> 治療費 六五万五一五五円

Ⅰ 服部医院 三万四〇九五円

Ⅱ 野口整形外科医院 四三万六〇六〇円

Ⅲ 小守スポーツマツサージ療院 一七万五〇〇〇円

<2> 通院交通費 九万九〇九〇円

<3> 休業損害 一〇八万八八〇〇円

原告は昭和九年一〇月一五日生まれで、本件事故時満五一歳の主婦であるが、医院などに通院した日は主婦としての仕事は満足にできなかつた。このために生じた損害は、一日当たり六八〇五円であるから、通院日数一六〇日では右金額となる。

<4> 慰謝料 一六一万〇〇〇〇円

<5> 堤万希子の休業損害 一万七四〇〇円

原告の次女堤万希子は、原告の家事を手伝うため三日間その仕事を休んだ。万希子は当時一日当たり五八〇〇円の収入があつたから、休業損害は右金額となる。

(3) 損害の填補 一五万〇一五五円

4  よつて、原告は、被告会社に対しては自賠法三条により、同松岡に対しては民法七〇九条により、連帯して、三三一万〇二九〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である被告会社につき昭和六二年一二月二〇日から、同松岡につき同月一九日から、各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1の事実は認める。なお、衝突の程度は軽く、接触というほうが適切である。

2  同2(1)の事実は認める。

3  同2(2)の事実のうち、本件交差点に一時停止の標識の設置されていることは認めるが、その余は否認し、過失は争う。

4  同3(1)の事実のうち、<1>、<2>、<4>、<5>は知らない、<3>は否認する。

5  同3(2)の事実のうち、<1>のⅠは認める、Ⅱは否認する、Ⅲは知らない、<2>、<5>は知らない、<3>は否認する、<4>は争う。

6  同3(3)の事実は認める。

7  本件事故に因る原告の傷害は昭和六〇年一〇月二六日に治癒した。従つて、その日以降の野口整形外科医院での治療は必要が無かつた。

8  過失相殺

被告松岡は本件交差点の一時停止の標識にしたがつて一旦停止したところ、原告が立ち止まり、右手を出して「お先にどうぞ」との仕種を示したことから、被告松岡は加害車を発進させ、本件交差点の横断を開始し始めた原告に接触して本件事故が発生した。このように原告は被告松岡に誤解を生じさせるような挙動をしており、これが本件事故の誘因となつているのであるから、相当な過失相殺をすべきである。

9  損害の填補

本件事故の損害の填補としては、原告が自認している分のほかに一五万円が支払われている。

三  被告の主張に対する認否

1  被告の主張8について

被告の主張8の事実は否認し、過失相殺の主張は争う。

2  被告の主張9について

損害の填補の事実は、認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるので、これを引用する。

理由

一  事故の発生

1  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  本件事故の態様について

(1)  右事実、証拠(甲一の一及び二、九の三ないし六及び八、乙五の一ないし三、六の一及び二、七ないし九、原告、被告松岡)と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

<1> 本件事故の発生した本件交差点は、蔵前橋通り方向から春日通り方向にいたる南北に通ずる幅員五・八メートルの一方通行道路(以下、「甲道路」という。)と、清洲橋通り方向から左衛門橋通り方向にいたる東西に通ずる幅員六・〇メートルの一方通行道路(以下、「乙道路」という。)との交差点である。甲道路の東側には幅員一・二メートルの路側帯が、乙道路の南側には幅員一・五メートルの路側帯が、それぞれ白色ペイントにより路上に描かれている。甲道路の最高速度は時速三〇キロメートルに指定されている。本件交差点の南西側角に甲道路に向けて一時停止の標識が設置されている。また、甲道路は駐車禁止とはなつてはいるが、駐車車両は多い。

<2> 被告松岡は、文具類約二〇キログラムを積載した加害車を運転して甲道路の東側を時速二五キロメートルの速さで走行し、本件交差点の入り口付近に停車し、乙道路の南側路側帯付近に立ち止つている原告を約二・七メートル先に見つけた。原告は左腕を斜め前方に上げたので、被告松岡は自車に道を譲つてくれるものと考え、原告の動静を注意しないまま時速約五キロメートルの速度で発進し、約一・三メートル進んだところで、横断を開始した原告に衝突した。

<3> 原告は、乙道路の南側路側帯付近を左衛門橋通り方向から清洲橋通り方向に歩行して本件交差点にいたり、立ち止まつて甲道路の蔵前橋通り方向を見たところ、原告の方に走行して来る加害車を発見した。原告は加害車の様子を見ていると、同車は本件交差点の入り口付近に停車し原告の存在に気付いたので、原告は左手を斜め前に挙げて横断を開始したところ、折から発進した加害車に衝突されたが、よろけただけで転倒することはなかつた。

(2)  以上の事実によると、本件事故の態様は歩行中の原告と加害車とが衝突したものではあるが、衝突の程度は軽く、接触というべきものである。

二  責任原因

1  請求の原因2(1)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告会社は自賠法三条により、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

2  請求の原因2(2)の事実について

前記認定事実によると、被告松岡は原告の存在に気付いていたのであるからその動静を十分に注意すべきであるのに此れを怠つたことにより本件事故は発生したものと認めることが相当である。従つて、被告松岡は民法七〇九条により、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

三  原告の損害

1  原告の傷害・治療経過等について

(1)  証拠(甲二、九の七、一〇の一ないし三、乙二の一及び二、原告、被告松岡)と弁論の全趣旨によると、本件事故後、被告松岡は原告を加害車に同乗させて服部医院に向かい、同医院では、原告には左上腕の痺れ、首の冷感、左腰から大腿部にかけての痛みがあるけれども、レントゲン写真上は異常は認められなかつたことなどから、左肩・腕・手・腰・大腿打撲により全治二週間を要する傷害と診断し、同医院では消炎酵素剤(ブレメンF)、解熱鎮痛消炎剤(オパイリン)、微細循環改良剤(ユベラニコチネート)、貼付剤等によつて保存的療法を行い、昭和六〇年四月一二日まで一六日間(実日数六日)通院して転医したこと、同医院では同月二〇日頃には治癒すると考えていたこと、の各事実を認めることができる。

(2)  野口整形外科医院等への通院について

<1> 証拠(甲三、四、五の一及び二、六の一及び二、一一の一ないし九、乙一の一及び二、一〇、一一の一及び二、証人野口朝生、原告)と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

Ⅰ 原告は、昭和六〇年四月一六日、付近の服部医院から港区高輪所在の野口整形外科医院に転医した。転医時、原告は左肩の痛みを訴えていたが、同医院での診察の結果、左前腕の回外に運動制限があり、左手関節の背屈・尺屈がやや困難、左前腕末梢背側を中心に中程度の腫脹、左尺骨末梢端の背側への膨隆がやや認められ、そのため左肘関節、左肩、僧帽筋にいたる緊張が著明に認められたので、左末梢橈尺関節捻挫と診断し、消炎鎮痛剤(エピナール、ポンタール)、消炎酵素剤(キヨーリナーゼ)、筋弛緩剤(ドスパン)、外用薬(モビラート、ヘルペツクス)及びマイクロウエーブなどによる保存的療法の結果、原告の症状は軽快し、同年一〇月二六日に治癒した旨の診断書を発行した(通院実日数三二日)。

Ⅱ 原告は、昭和六一年四月二三日にいたり、野口整形外科医院において、本件事故による傷害の治療を再開したと主張した。その際の同医院での診察の結果によると、頭部背屈・側屈制限・旋回障害は何れも軽度、その際左上肢に軽度の循環障害・右僧帽筋・肩甲部に中等度の硬結及び圧痛、左肩関節前外側部の皮下に硬結及び圧痛、左末梢橈尺関節に広範にやや浮腫状に腫脹、手関節部に背屈、前腕の回外運動制限をそれぞれ認められるとし、左末梢橈尺関節捻挫、左肩関節挫傷、頸部捻挫と診断し、治療としては、ケナコルトA(副腎皮質ホルモン)の注射二回のほか頸椎牽引、パラフイン浴を行つた。原告は、昭和六二年五月九日まで治療を受け、同日若干の機能障害を残すも症状固定となつた(通院実日数七五日)。

Ⅲ Ⅱの治療に先立ち、原告は昭和六一年四月二日にⅠ以後初めて野口整形外科医院に通院した。同医院では、Ⅰと同様の症状のほか更年期症状も合わせて認められたので、頸椎椎間板症、左上肢循環障害、左肩関節周囲炎、左上腕骨外上 炎との診断のうえ、更年期症状をまず除去すべく、同月二二日まで一七日間にわたり治療した。その内容は、ケナコルトAの注射、ユベラニコーチネート・ドスパンの投与、頸椎牽引、パラフイン浴というものであつた。

Ⅳ 原告は、Ⅰの終期ころである昭和六〇年八月二九日から同六一年九月一二日まで三四回にわたり、交通事故による傷害の後療法ということで、小守スポーツマツサージ療院に通院し、トレーナー井上龍男から、ホツトパツク・低周波・極超短波・マツサージの療法を受けた。

Ⅴ 原告は昭和九年一〇月一五日生まれで、本件事故時満五一歳の主婦であり、本件事故以前から更年期症状が現れており、肩関節周囲炎で治療を受けたこともあつた。

<2> 以上の事実に基づいて、本件事故と相当因果関係のある治療の範囲について検討する。

野口整形外科医院への通院のうちⅠの期間は服部医院での診療と対比して診療期間がやや長すぎる嫌いがあるけれども、傷害の部位・内容からして、なお本件事故と相当因果関係を有するものと認めることができる。しかし、Ⅱ以下については、以下の通り、これを認めることができない。野口整形外科医院では昭和六〇年一〇月二六日に治癒した旨の診断書を交付しているが、治癒しているかどうかの判断は医師がその医学的知識と所見に基づいて医学的見地から判断すべきものであり、患者が通院しなくなったからといつて症状固定とすべきものではないのであるから(そのときには中止とすればよい。)、野口医師は症状固定との判断であつたと考えるべきであること、Ⅲに現れた症状から更年期症状を除去することは相当困難であり(例えば、Ⅲの頸椎椎間板症とⅡの頸椎捻挫とはその愁訴はほぼ同じである。)、その治療内容もⅡとⅢとでほぼ同じであることからすると、Ⅱでの治療は更年期症状の治療と考えることもでき、従つて、原告の症状は更年期症状と言えないでもないこと、カルテ(甲一一の四、乙一〇)によると、マツサージ施行後左手に冷感等があり、済生会へ行きユベラニコチネートを服用した、頸の牽引により症状軽減したとの記載があり、これはⅡ及びⅢの際に原告が述べた症状と対比して、Ⅳの際に生じたものとも更年期症状とも考える事もできないわけではないこと、本件事故による衝撃はそれ程大きいものではなく、頸部への衝撃も捻挫を引き起こすほどとは考えられないこと、からである。

そして、小守スポーツマツサージ療院への通院も医師の同意もないし、果たしてどれだけ治療に貢献し得たかも明らかではないので、これを治療として必要なものと認めることはできない。

2  原告の具体的損害

(1)  治療費 一五万〇一五五円

服部医院の治療費が三万四〇九五円であることは当事者間に争いがなく、また、前記のとおり野口整形外科医院での治療費のうち本件事故と相当因果関係があるのは昭和六〇年一〇月二六日までであると認められるところ、その間の治療費は証拠(甲一一の三及び八、乙一の二、一〇)によると、一一万六〇六〇円であることが認められる。従つて、治療費の合計は一五万〇一五五円となる。

(2)  通院交通費 五四四〇円

前記事実、証拠(甲八、一一の一ないし九、乙一の二、一〇、原告)と弁論の全趣旨によると、服部医院に通院するには交通費は掛からず、野口整形外科医院に通院するには一回当たり七二〇円を要したものと認められるから、三二回では右金額となる。

(3)  休業損害 三〇万三六三六円

前記事実と弁論の全趣旨によると、本件事故と相当因果関係を有すると認められる休業期間は、服部医院の通院期間一六日と野口整形外科医院の通院実日数三二日の合計四八日と認めることが相当である。従つて、原告の休業損害は、本件事故時である昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金二三〇万八九〇〇円を基礎として算出すると、三〇万三六三六円となる。

(4)  慰謝料 六〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、結果、原告の通院期間、その他本件審理に現れた一切の事情を総合して考慮すると、原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには六〇万円をもつてすることが相当である。

(5)  堤万希子の休業損害 〇円

原告は堤万希子の休業損害を請求するけれども、既に原告の休業損害を認めているのであるから重ねて同女の休業損害を認めなければならない理由はない。従つて、これを認めることはできない。

(6)  損害のまとめ

以上の損害を合計すると、一〇五万九二三一円となる。

四  過失相殺

被告等は、原告の手の挙げ形に問題があつた旨主張し、これに沿う証拠もあるけれども、他方被告松岡は原告が手を挙げたのを見て自己に道を譲つてくれるものと軽々に判断したことも考えられない訳ではなく、何れとも決し難い本件では、過失相殺はしないこととする。

五  損害の填補 三〇万〇一五五円

請求の原因3(3)の事実及び被告の主張9の事実は、いずれも当事者間に争いはないので、損害の填補額は合計三〇万〇一五五円となる。従つて、原告の残存する損害額は七五万九〇七六円となる。

六  結論

以上のとおり、原告の被告らに対する本件請求は、七五万九〇七六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である被告会社につき昭和六二年一二月二〇日から、同松岡につき同月一九日から、各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言に付き同法一九六条を、それぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 長久保守夫)

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